冨安健洋、母親を病気で失う。足の速さは母譲り?家族構成は5人家族で姉が2人!

冨安健洋 母親

プレミアリーグの強豪アーセナルに所属する冨安健洋選手。

アーセナルのスタメンとしてプレミアリーグの優勝争いをしています。

現在25歳でまだまだ若い選手ですが、すでに病気で母親を亡くしています。

この記事では、冨安健洋選手の母親の病気や家族などについて解説します。

冨安健洋の母・佳代子さんの病名は“がん”

冨安健洋選手の母親・佳代子さんは2022年にがんで亡くなられています

冨安選手が23〜24歳の頃に亡くなられたため、おそらく50代という若さだと考えられます。

50代の女性の場合、

  • 乳がん
  • 子宮がん
  • 卵巣がん

などのがんの発生が多いです。

冨安選手の母親が亡くなったことについて、日本代表の森保監督は次のようにコメントしています。

お母さんが闘病している時も代表に来てくれたり、大変な中で日本のために戦う姿勢を見せてくれたり、チームのために戦うという思いを持って招集に応じてくれた。

引用:スポニチ

2022年は冨安選手も大きな怪我をしてしまい、苦しいシーズンを過ごしていました。

母親が亡くなった後もカタールW杯で3試合に出場した冨安選手に、森保監督も感謝しています。

母へ捧げるアーセナルでの初ゴール

2023年10月28日、冨安健洋選手は自身プレミアリーグ出場50試合目となるシェフィールド・ユナイテッド戦で、見事初ゴールをマークしました。

冨安選手はチームメイトとゴールを喜んだ後、天に向けてパフォーマンスをする姿を見せました。

冨安健洋画像引用元:YouTube

当初、「このパフォーマンスってどういう意味?」とファンの間で話題になりました。

冨安健洋選手は試合後、インスタグラムの投稿で次のように語っています。

「And this goal is for my mom who passed away last year(そしてこのゴールは、昨年亡くなった母に捧げるものだ)

この投稿で初めて母親が亡くなったことを発表しました

調子が悪いときの言い訳ではなく、ゴールを決めたときに明かす冨安選手は素敵ですね。

冨安選手のゴールシーンはこちらです。

周りの選手も喜んでいることから、いかに冨安選手が好かれているのかがわかりますね。

小児病院への支援活動を継続

冨安健洋選手は母親が亡くなる前から地元福岡の小児病院への支援活動を行っていました。

小児病院に通院する子どもや医療従事者をアビスパ福岡の試合に招待しています。

現在でも支援活動は続けているそうです。

今年の5月2日には福岡市の「こども病院」へキッズエリアのプレイマットを寄贈しました。

また、母親をがんで亡くした冨安健洋選手はがんセンターへの支援も行うと語っています。

冨安選手の支援活動にはファンから賞賛の声が集められています。

冨安選手の母親も天国で喜んでいるといいですね。

冨安健洋の足の速さは母譲り!

冨安健洋選手の母親・佳代子さんは元陸上選手でした。

以前、走り幅跳びをやっていたそうです。

冨安選手もW杯でブンデス屈指のスピードスターであるサネの突破を止めるほど、スピードに定評があります。

小さい頃にはマラソン大会で3年連続優勝するなど、他の子と比べて走力が頭抜けていたそうです。

冨安選手の足の速さは母親の遺伝かもしれません

また、冨安選手といえば空中戦勝率が高いことで知られていますが、跳躍力も母親のDNAを譲り受けている可能性がありますね。

冨安健洋の父親

冨安健洋選手の父親の名前は不明です。

野球や剣道の経験者のようで、スポーツマンだということがわかります。

おそらくサッカーの経験はないようです。

しかし、冨安選手のアスリート能力が高いのは両親譲りかもしれません。

遠征の際は車で送り迎えをしていたそうで、冨安選手の夢をサポートしていたようです。

冨安健洋の兄弟は姉が2人

冨安健洋選手には2人の姉がいます。

しかし、2人とも名前や顔が不明です。

小さい頃は2人とも水泳をやっていたそうです。

冨安健洋選手は女性と話すのが苦手な人見知りで、姉ともあまり話さなかったと語っています。

冨安健洋選手は現在25歳なので、お姉さんは20代後半から30代だと考えられます。

おそらく一般人として働いているか、専業主婦をされているのでしょう。

両親ともスポーツマンなので、スポーツ関係の仕事をしているかもしれませんね。

冨安健洋のプロフィール

  • 名前:冨安健洋(とみやす たけひろ)
  • 出身地:福岡県
  • 生年月日:1998年11月5日
  • 身長:188 cm
  • 体重:78 kg
  • 血液型:A型

冨安健洋選手はプレミアのアーセナルに所属するDFです。

健洋という名前は「健康で、太平洋のように広い心をもった人間に育ってほしい」という両親の願いから命名されました。

日本代表ではCB、アーセナルではSB、またアビスパ福岡ではボランチを務めるなど、どのポジションでも活躍できる選手です。

まとめ

今回は冨安健洋選手の病気で亡くなった母親や家族について解説しました。

この記事では以下のことがわかりました。

  • 冨安健洋選手の母親・佳代子さんは2022年に亡くなった
  • 佳代子さんの病名はがん
  • 冨安選手は小児病院への支援も行っている
  • 冨安選手は両親ともスポーツマン
  • 姉は2人とも水泳をしていた

20代で母親を亡くしてしまうのは、メンタルにもかなり負担がかかります。

しかし、冨安選手は努力を続けアーセナルの優勝争いに貢献しています。

冨安健洋選手の今後の活躍に期待しましょう。